学習院大学へ移りました

東日本大震災の痕跡を見学しました

日本農芸化学会が仙台でおこなわれていましたので、合間を縫って気仙沼市、陸前高田市に出かけました。

気仙沼市では第18共徳丸を見ました。津波の際に内陸に750メートルほど流され、そこで座礁したままの震災遺構です。こんな巨大な船が陸に上がっていることからも、津波のすごさが伝わってきます。気仙沼市ではプレハブの復興商店街が町のあちこちに立ち上がり、少しづつ活気を取り戻しているように感じました。

陸前高田市は奇跡の一本松で有名ですが、津波の被害にあった市の中心部は見渡す限り広大な更地となっていました。海には巨大な防潮堤が築かれており、がれきの山がうずたかく積み上がり、ダンプとショベルカーばかりが目立っていました。奇跡の一本松周辺は、がれき撤去の工事中で近くまではいけませんでしたが、遠くからでも遮るものは何もないのでよく見えました。震災の象徴として長く残していくべきものと思いました。

仙台市の学会会場付近はすっかり元通りとなっており、震災の爪痕はほとんど見られませんでしたが、被害の大きかった地区では、痕跡がなくなるには二年間というのは短い時間なのだと考えさせられました。また、実際に直接自分の目で見るというのは、実験に限らずどんなことにおいても大事なことなのだと再認識いたしました。

気仙沼にあった小さなメモリアルパーク。
左の柱時計は津波の起こった時刻で止まっている。
第一八共徳丸、手前の車の大きさからも巨大な船であることがわかる
奇跡の一本松を遠くに望む。周りは更地。